油地獄はぜひ!「2月文楽公演(2018年)」オススメ度の星評価!


 好評の「歌舞伎初心者向け、オススメ度星評価!」にならって、文楽初心者向けのオススメ度の星評価です。現在、東京・国立劇場小劇場で公演中の2月文楽公演の初心者向けのオススメ度表です。2月26日が千秋楽です。★が多いほど必見です。満点は★★★★★。
公演会場での「盛り上がり度」、「眠っている人度」、「口コミ度」などを総合的に判断しました。
★:オススメ、☆:イマイチ

<第一部>
★★★☆☆ 心中宵庚申(しんじゅうよいごうしん)(11:00〜)

<第二部>
★★★★★ (1)花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)(14:30〜)
      (2)口上(竹本織太夫襲名披露)
      (3)摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)
<第三部>
★★★★★ 女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)(18:00〜)

【総評】
(あらすじはこちらをご覧ください。)
・総合点★★★★★
 満点としました。文楽でよく演じられる心中モノが二つ観られて、かつ、義太夫さんの口上も観られるのですから。迷っている場合は第二部だけの観劇をオススメします。竹本織太夫さんの「摂州合邦辻」は素晴らしい。踊るように、歌うように語っている姿に感動しました。ありがとうございました。





「第一部」
心中宵庚申(しんじゅうよいごうしん)(11:00〜)
 「心中宵庚申(しんじゅうよいごうしん)」は、近松門左衛門の心中モノの最終作とのこと。このお話しは珍しいことに「夫婦」の心中物語です。普通「心中」といえば、好いてしまった二人が、どうしても結ばれぬ前途を悲観してあの世で一緒になるために心中してしまう、という話が多いのですが、この話は、夫婦が将来を悲観して心中するというお話しです。

 これもやはり実際にあった話をもとに作られたとのことですが、封建社会の問題を普遍的に表現するために、かなり脚色されて実話とはかなり異なっている、というようなことをイヤホンガイドで話していました。江戸時代特有の社会の閉塞性が表現されているのでしょうが、もちろん現代にも通じる部分があることを感じられると思います。

 近松作品のすごいところは、観劇する現代人がその「現代にも通じる部分」を感じながら、つまり、自分の経験などに照らし合わせて「他人事(ひとごと)だけど他人事ではない」という錯覚を起こさせながら芝居に引き込んでいくことではないでしょうか。2018年の現代の観客も、自分の会社のこと、家庭のこと、将来のことなどをすりあわせながら観劇していることでしょう。このような脚本が約270年前に作成されているということに、改めて驚きを感じざるをおえません。

 最後の二人が命を絶つシーンは壮絶です。長いです。かなり生々しいです。それまでの場面では眠っている人が多く観られましたが、この場面ではみなさん起きていましたね(ビギナーのわたしは二等席の最後列で観劇していました)。江戸時代のそのような不幸なできことを現代人が固唾を呑んで見守っている、という構図がすこしおかしく、みんな近松マジックにかかっているのではとニヤリしてしまったのは、わたしだけではないでしょう。

 義太夫の語りも、三味線の演奏も安定していました。ビギナーの私は「八百屋の段」の竹本千歳太夫がよかった。舞台上には八百屋も並んでいましたし。人形遣いの方としては、吉田玉男、吉田玉翔、桐竹勘十郎、桐竹勘介が登場、すばらしいタイムトリップをありがとうございました。





「第二部」
(1)花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)(14:30〜)
(2)口上(竹本織太夫襲名披露)
(3)摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)
 第二部は人形の舞踊モノ(歌舞伎でいうところの所作事)と、口上です。最初の舞踊モノ「花競四季寿」は、文楽の発祥地、大阪方面の四季の情景を表現した踊りとのことで、四季のうち「春」と「冬」がテーマとです。万才は楽しそうな顔をした人形が、楽しそうに踊っていて、冬は白い着物を着た女性が、踊りながら舞い上がっていく光景が印象的です。と、ビギナーの私は、そのあとの摂州合邦辻の印象が強くてあまり覚えて居ないのです…。人形の舞踊ものは、より人形の動きに集中しますので、人形遣いさんたちはさぞ大変なことでしょう。全く違和感なく動いていることがすごい、ということにビギナーは驚くべきです。

 そして、口上です。豊竹咲甫太夫(とよたけさきほたゆう)が、竹本織太夫(たけもとおりたゆう)に変更となるのです。ビギナーのわたしは文楽の口上を初めてみましたが、歌舞伎の口上と違って、文楽の場合は、主人公が挨拶しないのですね! 今回も師匠の咲太夫がずっと挨拶をして、当のご本人は鎮座しておりました。かつ、今回の襲名も複雑ですよね。姓名両方変わってしまうのですから。まさに「リボーン」「リスタート」感が強いです。

 名前の継承も複雑です。現在の咲甫太夫の師匠が、咲太夫。そして、咲太夫の師匠「竹本綱太夫」の前の名前が「織太夫」で、今回は、その綱太夫の前の名前を継いだ、ということになります。ふーん。歌舞伎的に考えると、咲太夫が綱太夫を襲名し、その咲太夫を咲甫太夫が継ぐ、というのがストレートなのですが、そうではないのですね。書いているうちに混乱してきました。いずれにせよ、新織太夫はイケメンで大男で格好いいですから、みなさん応援しましょう。




 そして、織太夫の襲名披露公演「摂州合邦辻」です。人間関係が複雑ですので、ビギナーはきちんと予習をしておく必要があります。人間関係図はこちら。玉手御前の俊徳への奔放な愛にまわりの人々は巻き込まれていくお話しです。俊徳は玉手御前が盛った毒によって盲目になるのですが、最後に自分の生き血で快復します。病気状態の俊徳は紫色の病鉢巻き(やまいはちまき)をしておりましたね。

 ストーリーはテンポが速く展開されますので飽きません。前半は若干眠っている人が多かったですが。それにしても新織太夫が素晴らしかった。通りのよい声が会場に響き渡りとても聞きやすく、迫力ある部分は迫力満点、か弱い語りの部分は女性のようにとてもか弱く、と聞いていて飽きませんでした。そして、踊るように体を前後させて語る姿には感動さえ覚えました。といいますか、聞いている観客から観ても「楽しそうに語っているなー」と思わせる演技で、こちらも話してみたくなりました。女性のときには、織太夫さんの中は女性になっているのでしょうね。素晴らしい襲名披露公演ありがとうございました。





<第三部>
「女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)」(18:00〜)
 さあ、第三部は近松門左衛門の名作「女殺油地獄」です。この演目は、歌舞伎では片岡仁左衛門が演じたことで人気となりましたので、歌舞伎版を知っている方が多いのかもしれません。

 タイトルのとおり、おどろおどろしい内容です。いわば、江戸時代の殺人事件のドキュメンタリーです。再現ドラマを人形を通して観ている、というまさにそういう感覚です。江戸時代の当時はあまり再演されることはなかったといいます。たしかに文楽を楽しみに観にきているのに、どうして殺人事件の顚末をみないといけないのか、ハッピーエンドじゃないし、ということだったのかもしれません。

 イヤホンガイドでも語っていましたが、この作品には、不幸な生い立ちの若者が遊び呆ける、金遣いがあらい、無心をする、切れる、そしてしまいには殺人まで犯してしまう、という現代の若者にも通じる問題点を多く表現している、というようなことを言っていました。まさに、そのような現代にも通じる普遍的な問題を、約270年前の江戸時代に表現していた近松門左衛門の先を見る視点が素晴らしい、ということも言っていました。たしかにそう思います。主人公の与兵衛は本当に悪人です。親切にしてくれた知り合いのお姉さんを殺してしまうのですから。しかしその過程があまりにも自然で、現代社会の殺人事件にも通じるモノを感じることができるのかもしれません。

 一番のみどころは、不謹慎ではありますが、お吉が与兵衛に油屋で殺されるシーンでしょうか。油にまみれて、すべりながらも殺人を犯すシーンでは、会場では息を呑んで見守っているという感じです。人形が油にすべってつーっと上手から下手へ、下手から上手へと縦横無尽に動き回るシーンは、圧巻です。人形遣いは大変な動きとなっているのでしょうが、それを感じさせずに自然な動きとなっているところが、文楽のすごいところではないでしょうか。

 はっきりいって、観劇後の後味がとてもよくない演目です。人が殺されてそれからよいことがなにもないのですから。「人間ってよくわらないね」ということを近松門左衛門は伝えたかったのかもしれません。とにかく消化不要感がぱないです。そういう方は、三浦しをん著の「あやつられ文楽鑑賞」を是非読んでください。「たしかに」と思う点が多々あると思います。

 後味が悪いわりにまた次回も観てみたい、今度観たらわかるのでは、というのがこの演目の魅力だと思います。

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